猊鼻渓と明治の文豪田山花袋の紀行文(その5)

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猊鼻渓
るんだもの。」
  東京へ帰って来てからまでも私達はそんな話をした。
  で、餓えを(いや)したために、私達は急に元気が出て来た。捷路(しょうろ)だという細い山路を、ぐるぐると山腹に 伝って下りて、谷の底を流れるささやかな渓流を両手に(すく)った時には、私達は(ようや)く生き返ったような 気がした。
  しかし、長坂近くなるにつれて、また山岳は遠く開けた。青田などもあちこちに見え出して来た。() う想像して見ても、こうしたところに、天下の名山水が(かく)れてあろうとは私には想像することが出来 なかった。
  私は子供達に言った。
 「これで、行って見て、その猊鼻渓がつまらなかったら、それこそ、えらい眼を見るというわけだな。 屹度(きっと)、そう大したもんじゃないよ。矢張(やっぱり)、一地方の名勝以上にいくらも出ていないに相違ないよ。 世の中のことというものは、大抵はそう皮肉に出来ているものだ・・・」
 「(どう)して?」
  父親の言葉がわからないようにして総領の方の男の子は反問した。
  向こうに見える人家が、あれが長坂だというあたりまで来た時、私達は前に一桁に橋のかかっているの
※捷路・・・ちかみち ※総領・・・長男 ※本文の漢字カナについて