猊鼻渓と明治の文豪田山花袋の紀行文(その10)

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猊鼻渓
好いにしろ、わるいにしろ、私は自然の(こしら)へたこの芸術品を見なければならない。その絵巻の ひろげられて来るのを仔細に点検しなければならない。私はいくらか真面目な気分ななって さっき失望した心持とはまるで違った真剣な気分になって、竿につれて、静かに船の滑らかに水面に動い て行くのを待った。
 「これから始まるんだね?」
 「え、そうです。」
  (ふち)ではあるけれども、決して深いすぐれた渓潭(けいたん)ではなかった。水もそう大して綺麗と言うことは出来 なかった。それもその筈だ!と私は思った。こうした周囲の平凡な山岳の中に、深山に見るような 幽奥深邃(しんすい)な渓潭を求めるのは、求める方が間違っている。それに谷そのものも、此処から上流は深い山の 中というのなら格別だが、それは決してそうではなく、上流も矢張平々凡々の渓流であるのである。私 は黙って、船の移って行くのを待った。
  一度曲った渓は、(たちま)ち前に驚くべきシーンを展て来た。
 「はゝア!」
  こう私は思った。私の山水癖は忽ち深い衝撃を受けた。
  何故なら、思いもかけない奇岩がそこにあらわれて来たからである。また思いもかけない幽深な気分
※潭・・・水を深くたたえた所 ※深邃・・・土地の趣などの奥深いこと ※本文の漢字カナについて