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「さァ。」私は考えた。「渓としての性質が違いますね。厳美渓も煎じつめれば、矢張同じく、
深潭と岩石とにあるのですけれど、その形や状態が丸で違いますからな。厳美渓は寧 ろ、木曽の寝覚
とか美濃も土岐川とかに似ているんですけれど、猊鼻渓はあゝした深潭や岩石とは全く趣きを異にしてい
ます。勿論、厳美渓は平泉に近く、交通も便利で、おまけに街道筋に当たっていますから、誰でもそこを
通るものはひとり手に見るというようになっています。しかし猊鼻渓の方は、全く交通路から離れて、
山中に深く蔵 されたという形になっているので、何しても、行って目を寓 するものがすくな尠 いという形です。
私の好みから言うと、厳美渓なんか、とてもその敵ではありませんな。ぐっと猊鼻渓の方がすぐれていると思いますな。」
今でもそこだけ切放したように、その渓谷の印象が鮮やかに長く私の頭に残った。
※蔵・・・おさめる ※寓・・・仮に身を寄せる ※本文の漢字カナについて
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※蔵・・・おさめる ※寓・・・仮に身を寄せる ※本文の漢字カナについて