猊鼻渓と明治の文豪田山花袋の紀行文(その4)

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猊鼻渓
さうしたものを持ち得ずに、日のカンカン照る路傍の草の上に倒れるようにして腰を下ろした。
     二
  一の関から長坂まで四里半の路であるが、その間の遠かったことは、自分にも殆ど予想外げあった。 行っても行っても、同じような丘陵と、ぐるぐる谷に沿って廻るような路と山の中というだけで少し も涼しくも何もない、むしろ風がなくなって蒸暑いというようなところが長く長く続いた。嵐気(らんき)揺曳(ようえい) もなければ、渓流の潺湲(さんえん)もなく、また目を楽しませるに足る山岳の起伏もなかった。ただ、暑い木陰の ない路や、赤く禿げた岩に蛇ののたくっているさまや、貧しい何もない百姓家のさまなどが目に 残った。
  従って、長坂に入る一里ほど手前で、心太(ところてん)などを水に冷やして置いてある路傍の飲食店の若夫婦が私達 の朝飯をも食わないというのに同情して、自分等が食うために打って置いた饂飩(うどん)の一部をわけて呉れた 時には私達は感謝の声を挙げずにはいられなかった。
 「旨かったな、あの饂飩は。」
 「腹も減っていたけれども、粉もいい粉だったんだね、あんな旨い饂飩は食ったことはない」
 「もう一杯食いたかったけれども、あの上さん、自分達のがなくなっていうふうに惜しそうにしてい
※嵐気・・・湿りけを含んだ山の空気 ※揺曳・・・ゆらゆらとただようこと ※潺湲・・・さらさらと水の流れるさま ※本文の漢字カナについて