猊鼻渓と明治の文豪田山花袋の紀行文(その1)

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猊鼻渓

      一
  夜行で上野を立って、あくる朝一ノ関に着いた時には、町は七夕の色紙の笹で半ば埋められるようになていた。 朝日はもう高くなっていたけれども、夏の晴れた朝によく見る深い霧で、笹の葉も色紙もしっとり濡れて、 荷車も、車も、また町の人達も、夢の世界にでも動いているように見えた。朝飯を食わせるようなところはないかと、私達は門並に覗いて見たけれども、 そうした家は何処にも見当つかなかった。
 「仕方がない、孤禅寺へ行ったら、何とかなるだろう。」
  こう言って、私達は町を通り抜けてしまった。一夜寝られずに輾転反側(てんてんはんそく)して来た混み合った汽車の三等室、 その窮屈な場所から脱却して、清々とした朝の空気に触れたと言うことが、鮮やかな新しい野の縁にしたと言うことが、兎に角私達を力づけた。 二里や三里は何でもなく歩いて行けそうに思われた。私は元気よく歩いた。 それに孤禅寺まで行ったら、朝飯にも有り付ける上に、或いは長坂までの乗合馬車を
※輾転反側・・・なんども寝返りを打つこと ※本文の漢字カナについて