猊鼻渓と明治の文豪田山花袋の紀行文(その2)

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猊鼻渓
得ることが出来るかも知れないと思った。十時頃までには長坂に行ける。そうすれば、少し一生 懸命になれば、今日の中に獅子ケ鼻を見て、平泉までぐるりと廻って行くことが出来るかも知れない。 何しろ、まだ先が長いんだから少しでも出て置くが好い。こんなことを言ひながら私達はせっせと 歩いた。
  やがて孤禅寺が来た。
  乗合馬車どころか、朝飯を食わせて()れる家もないことを発見した時には私達はがっかりした。そこ には生玉子すらなかった。「一の関の停車場前で食ってくれば好かった。」かう言うって見た処で何も 仕方がなかった。
  しかし其処に展開された北上の大河は私達の目を()くに十分だった。平泉の平野から今しも低山性の 丘陵の中に入って行こうとしているその川は、二つ三つの白帆を絵のようにあしらいながら溶々として ゆるやかに且つ静かに、夢の様に流れて行っているのを私達は見た。下流には半ば朝日半ば霧に彩られ た山岳が、川に接して幾重にも重なり合っているが、これからその山岳の間を十数里あの石の巻の古い 港に行って海に落ちていることを思うと、その中に蔵された山水のが想像されて、私はそこからその まゝ下がって行きたいと思われるような石油エンジンのランプが客を待ち波にふわふわ漂っているの が(のぞ)かれた。
※勝・・・景色がすぐれている ※本文の漢字カナについて